白石城 その3
2009年07月30日
白石城
三階櫓からの景色その2
城内には広いスペースがあり、芝がきれいに生えています。

三階櫓からの景色その3
城内を撮影。
写真の右手上段にある建造物が、白石城大手二門です。
それと、左手上段に見える倉のような建造物が、白石城歴史探訪ミュージアムと呼ばれる資料館や売店、3Dシアターなどが入っている建物です。

城内には、力士の銅像がありました。
「たいほう」ではなく、「おおづつ」と読むようです。

白石城 その2
2009年07月29日
白石城
天守、いや櫓の前に到着。

三階櫓を撮影。

三階櫓からの景色。

白石城 その1
2009年07月28日
白石城
別名:益岡城
宮城県白石市にある城。
仙台藩伊達氏の支城として、代々、片倉氏が治めていた城郭。
徳川政権化では、一国一城制であったが、その例外として、支城として存続が続いた。
白石城へ向かう途中にあった、旗。
「俺が行かずは誰が行く 伊達の先陣 片倉 小十郎 見参」
なかなか、かっこいい旗です。
片倉 小十郎とは、伊達政宗の家臣で、伊達家の軍師としても活躍した人です。
片倉家の当主は代々、小十郎の名前を受け継いだといわれています。

天守へ向かう途中です。

写真は、再建された三階櫓です。
実際は天守と同じですが、上記の一国一城制もあったため、
当時も、あくまで櫓(やぐら)として呼ばれていたようです。

久保田城 その2
2009年07月24日
久保田城 ~日本100名城 -009- ~
久保田城の本丸 表門です。

城内の敷地です。きれいに整備されています。
朝早い時間に撮ったので、朝日が差し込んでいます。

城内にあった、「佐竹 義堯」(さたけ よしたか)の像です。
この方は、久保田藩12代藩主であり、久保田藩の最後の藩主です。

久保田城 その1
2009年07月22日
久保田城 ~日本100名城 -009- ~
秋田県秋田市にあった城郭。
現在は、千秋公園となっている。
関ヶ原の合戦後、移封により、佐竹氏が
久保田藩として、この地を治めていた。
城内にある池を撮影。

久保田城、御隅櫓を撮影。

同じく、久保田城、御隅櫓を撮影。
木々に阻まれて、ちょっと見えづらくなってしまいました。

ちなみに久保田城には天守閣は存在しなかったようです。
上山城 その1
2009年07月15日
上山城 (かみのやまじょう)
別名:月岡城
上山氏が治めていた城。
最上家、伊達家などの攻防により、城主が目まぐるしく変わったようです。
現在の天守は、模擬天守(後からつくったもの)です。
山形県上山市にあります。
降車駅は、奥羽本線かみのやま温泉駅です。
そこから、歩いていけます。
テクテク歩いていると、上山城の天守が見えてきました。
上山城は、平山城(平らなところに山を設けて、その上に建てた城)のため、少し遠くからでもよく見えます。

天守の真下まで来ました。

天守を正面から撮影。

掛川城 その2
2009年06月26日
掛川城 その2 ~日本100名城-42-~
冠木門の前に到着。けっこう急な階段でした。
天守は目の前です。
天守からの眺め。山の上にあるため、周りがよく見えます。
天守からの眺め、その2。
目の前に見えている屋敷が、掛川城二の丸御殿です。
国の重要文化財に指定されています。
この御殿は、公的な式典の場所であり、藩主が住んでいた場所でもあり、
藩の政務をつかさどる場所でもあります。
掛川城 その1
2009年06月24日
掛川城 ~日本100名城-42-~
静岡県掛川市にある城。
東海道の重要な拠点とされていた。
掛川の地は、今川家の重臣、朝比奈 泰煕(あさひな やすひろ)が治めていた。
その後、徳川家がその地を統治し、家臣の石川 家成・康通が治めた。
その後、豊臣政権化では、山内 一豊がその地を治めた際に、近代的な城下町として整備され、現在の城の天守閣がつくられたと言われている。
山内 一豊が高知に移封になってからは、徳川家の譜代の大名が治めていくことになった。
なお、この時代の天守は江戸時代に地震で倒壊し、1994年(H6年)に、高知城を参考に、木造での復元がなされた。
橋を渡るころには、天守の姿が見えてきました。手前に見えるのが太鼓櫓(たいこやぐら)で、
奥に見えるのが天守です。
小高い山の上に天守がそびえています。
このように平らな土地にある山の上に城をつくった場合、
「平山城」と呼ばれています。
天守へ登る階段です。
高知城 その3
2009年06月10日
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
天守へと通じる屋敷の中です。昔の長屋のようなものでしょうか?

天守の目の前まで到着しました。

天守からの景色です。高知の街並が見えます。

高知城 その2
2009年06月09日
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
高知城の石垣には、「石樋(いしどい)」と呼ばれる板が、石垣から飛び出しています。
この板は、雨が降った際に、石垣に直接雨が当たらないようにするために設けられたものだそうです。雨の多い地域ならではの工夫だそうです。

天守を撮影。江戸時代に造られた現存天守とは思えない、非常に立派な天守です。

天守までもう少しの場所です。目の前の屋敷をくぐった先が、天守の入口です。

高知城 その1
2009年06月08日
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
高知県高知市にある城郭。
(旧国名:土佐)
築城主は、山内一豊。
山内一豊は、NHKの2006年の大河ドラマ「功名が辻」の主人公でもありました。
水掘、城壁の奥に、天守が姿を表しています。

高知城の追手門(おうてもん)です。追手門とは、城の「正門」を意味し、大手門(おおてもん)と記載されることもあります。
城とは、戦国時代における軍事施設ですから、その正門は防御壁としての役目もありました。
高知城の追手門も非常に堅固な門ですね。

高知城内には、板垣退助の銅像がありました。高知出身の武士であり、明治以後は政治家として活躍した人物です。

小倉城 その3
2009年06月07日
小倉城
天守閣を、パチリ。
なかなかよく撮れています。(自画自賛)

水に映った天守を取りました。
本当はさかさまに映っていたのですが、わかりやすく写真をひっくり返しました。
なかなか、幻想的な写真です。

「小倉城その2」でも記載しましたが、城の近くにある紫川と呼ばれる川の写真です。
川のそばにも噴水があったりと、いろいろと工夫された川辺になっていますね。

小倉城 その2
2009年06月06日
小倉城
天守からの景色です。
小倉はとても発展している街でありながら、きれいに整備がされている街でもありました。
結構大きいビルもありながら、城の近くにある紫川の両岸はきれいに舗装されていました。

天守からの景色、その2
何やら櫓(やぐら)か何かが見えると思って写真に撮りました。
実際は、小倉祖霊殿という、葬祭場のようです。

天守からの景色、その3
何やら、はいからな建物があると思って写真に撮りました。
これは、「リバーウォーク北九州」と呼ばれる、映画館なども入った複合施設のようです。

小倉城 その1
2009年06月05日
小倉城
福岡県北九州市小倉北区にある城郭。
城内の水掘では、噴水があがっていました。

天守へと続く石段

天守へと到着。
天守の上方部分に黒くふちどられた箇所があります。
まるで、黒サングラスをしたお城のようにも見えます。

五稜郭 その3
2009年06月02日
五稜郭 ~日本100名城-002-~
五稜郭タワーの最上階です。
ここには、函館戦争で活躍した、土方歳三の像がありました。
(逆光により非常に見づらくてすみません。)

そういえば、
五稜郭タワーの入口では、土方歳三についての説明文がありました。

五稜郭タワーから、五稜郭の景色です。
確かに星形ですね。
なかなか、いい景色です。

五稜郭 その2
2009年06月01日
五稜郭 ~日本100名城-002-~
五稜郭の敷地内です。

五稜郭の敷地内では、函館奉行所の復元工事をしているようでした。(2008/8時点)

五稜郭の横にドーンとそびえる「五稜郭タワー」です。
五稜郭の全体を見下ろすための建てられたタワーで、この上から眺める景色は絶景でしょうね。

五稜郭 その1
2009年05月31日
五稜郭 ~日本100名城-002-~
北海道函館市にある城郭。
江戸時代末期に造られた西洋式の城郭。
形が、5つの角がある星形になっていることが非常に特徴的です。
これは、死角を少なくすることを目的として、このような形に
なっているとのことです。

現在は、五稜郭公園として、きれいに整備がされています。

普通に歩いている限りでは、この場所が、星形になっているという感覚はありませんでした。

浜松城
2009年05月30日
浜松城
静岡県浜松市にある浜松城。
戦国時代、今川家の領地であった。
その後、徳川家の領地となり、徳川家康も
若き日にこの地を本拠地としていた時期もあった。
江戸時代には、この城の城主になった人の多くが、偉くなったため、
「出世城」という別名もあるようです。
秋口に行ったため、単なる木々がうっそうとしているような景色でしたが、
桜の時期には、大変きれいなようですよ。
天守閣を撮影。
天守閣を支える石垣は、自然の石をそのまま積んで造った石垣だそうです。
大小さまざまな石が自然の状態で積まれているため、このような石垣のことを野面積み(のづらずみ)と呼びます。
天守からの景色です。天守は網で囲まれていました。
秋口のため、木々が紅葉できれいでした。
浜松市役所の隅にあった「鎧掛松(よろいかけまつ)」です。
徳川家康が、武田信玄と戦った三方ヶ原の合戦で敗れ、城に帰るとき、大きな松の木陰で休みました。そのとき鎧を脱いでその松に掛けたことから、鎧掛け松と呼ばれるようになったそうです。
高島城 その2
2009年05月10日
高島城 その2
天守からの景色。目の前に見えるのが諏訪湖です。

天守を反対側から撮影。
復興天守として鉄筋コンクリートで造られているそうです。
当時を偲ぶにも、電線が気になります。

高島城 その1
2009年05月09日
高島城
長野県諏訪市にある城。
昔は、諏訪湖の接しており、「諏訪の浮城」と言われていた。
現在は、埋め立てられており、その面影はありませんでしたが・・・。
三大湖城の一つと言われている。
三大湖城には、この高島城の他に、下記がある。
「松江城」 (島根県松江市)
「膳所城(ぜぜじょう)」(滋賀県大津市)
なお、松江城は、現存12天守の一つでもある。
閑静な住宅街を歩くと、突如天守が姿を表しました。

城壁の周りは、水堀になっています。

いざ、天守へ

甲府城
2009年05月08日
甲府城 ~日本100名城-25-~
山梨県甲府市にある城。別名:舞鶴城
JRの甲府駅から近い。
天守閣に相当する場所に碑石?が立っていた。

福知山城 その2
2009年04月23日
福知山城
大天守を反対側から撮影。
城の石垣の中に、墓石や石仏が使用されている。なぜ、そのまま使用したかは諸説あるようです。
天守からの景色。いい眺めです。
福知山城 その1
2009年04月20日
福知山城 別名 竜ヶ城
京都府にある、福知山駅を降りると、踊りを踊っている像を発見。
いざ、福知山城天主へ
ごつい大天守である。今までに見た城とは形が少し違うように思う。
全国城郭管理者協議会出版の「城のしおり」に掲載されている城の一つです。
ですが、日本100名城には入っていませんでした。どういう基準で選定されているのでしょうねぇ。
伊賀上野城 その2
2009年04月15日
伊賀上野城 その2 ~日本100名城-47-~
伊賀上野城の敷地内に、発掘中の箇所を発見。

俳聖殿(はいせいでん)
松尾芭蕉生誕300年を記念する建物。伊賀上野城内の敷地にあります。

写真はありませんが、伊賀上野には、このほかにも、伊賀流忍者博物館がありました。
忍者屋敷の中で、忍者の格好をしたインストラクターが、床の下に隠した刀を取り出したし、
壁がくるっとまわって、裏側に隠れたりと、なかなかおもしろいアトラクションがありました。
伊賀上野城 その1
2009年04月12日
伊賀上野城 ~日本100名城-47-~
別名:白鳳城
三重県伊賀市にある。電車で行きましたが、非常に大変でした。
やっと到着し、天守閣までたどり着いたときは、感動もひとしおです。

現在の天守は、昭和10年に川崎克氏が私財により築いた模擬天守である。
私財で天守を建てるあたり、すごいことである。

天守からの眺め。城の周りも山や木々などであり、のんびりとした田舎の風景といった感じである。
とても穏やかな雰囲気である。

広島城 その2
2009年04月01日
広島城 その2 ~日本100名城-73-~
広島城天守閣よりの景色。
広島市民球場が見えます。
(城の池掘の前にある、茶色の広場のような場所をさらに直線で奥側)

広島城天守閣。
水をたたえた堀と、石垣、木々、天守閣。いい景色です。

天守閣は、遠目に見ても、近くで見てもサマになります。

広島城 その1
2009年03月31日
広島城 ~日本100名城-73-~
広島城 別名:鯉城、在間城
広島にある、中国地方を代表する城の一つ。
築城者は、毛利輝元。三本の矢で有名な、毛利元就の孫である。
写真は、二の丸表御門と呼ばれる、入口である門と橋。

二の丸表御門、正面より。

広島城、天守閣。
いかにも木造でつくられた、どこか荒々しい雰囲気さえあるお城である。
お城というと、白い壁といったイメージでしたが、それを覆すお城だった。
(実際は、木造ではなく、鉄筋コンクリート造りのようですが・・・)

別名である鯉城とも呼ばれており、広島東洋カープの鯉(英語でカープ)の命名の由来でもあるとのこと。
福山城
2009年03月30日
福山城 ~日本100名城-71-~
広島県福山市、山陽本線福山駅にあります。
城の文字を刻んだ碑がありました。

筋鉄御門と呼ばれる立派な門があります。(重要文化財)

天守閣を撮影。
天守閣の最上段に赤い囲いがあり、一見すると、会津若松城に似ています。

大阪城
2009年03月28日
大阪城(大坂城) ~日本100名城-54-~ ~三名城~
大阪城 別名 金城 錦城
戦国時代、石山本願寺のあった場所に、豊臣秀吉が天下統一の拠点として築城した名城。
難攻不落の城であったが、大阪冬の陣、夏の陣において、徳川家康により落城。
その後、徳川時代に再度築城される。
現在の城は、徳川時代の城を、昭和になってから復興したもの。

非常に立派な外観である。

天守閣からの眺め。目の前に見えている丸い建築物が大阪城ホールです。
天守閣の最上階まで登るのに、なんと城の中には、エレベーターがあった。城の中にそんなものが・・・

三名城とは、世間一般的に、有名な3つの名城のことをいうため、諸説あります。
一般的には、姫路城、名古屋城、熊本城をいいます。
これ以外に、大阪城、松本城が入ったり、入らなかったりします。
伏見城
2009年03月27日
伏見城(伏見桃山城) ~模擬天守~
伏見城という城は、豊臣秀吉によって築城され、実際に京都府伏見に存在したといわれている。
だが、下記の写真は、伏見桃山城と呼ばれる、近代建築でつくられた、まったくの別の城である。
日本にある城には、今回のような模擬天守と呼ばれる、
いわゆる本物のように造った、まったくの偽物の天守閣もあります。
(ちょっと言葉が悪いかもしれませんが・・・)
伏見桃山城への入り口

伏見桃山城
模擬天守にしては、とても立派です。
ですが、模擬天守であるため、100名城などには入っていません。
それと、残念ながら中には、入れませんでした。

豊臣秀吉ゆかりの多い城であったことから、千成瓢箪(せんなりひょうたん)の馬印がありました。

松本城 その2
2009年03月26日
松本城 別名 深志城 烏(からす)城
その黒の色合いと、池と城のバランスがとても美しい。

天守閣からの景色。金網が張られているため、ちょっと見にくい。

最初の写真とは、ほぼ反対側から、天守閣を撮影。
どこから撮っても、サマになっているのすばらしい。

松本城 その1
2009年03月24日
松本城 ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-29-~ ~三名城~
本丸へ入るための正門

国宝の文字が書かれた碑石

いざ、天守閣へ

国宝四城とは、姫路城、松本城、彦根城、犬山城です。
現存12天守とは、国宝四城に、高知城、丸岡城、松江城、宇和島城、備中松山城、松山城、弘前城、丸亀城の8つを加えた昔の状態をほぼ維持したまま残している貴重な天守の城をいいます。
三名城とは、世間一般的に、有名な3つの名城のことをいうため、諸説あります。
一般的には、姫路城、名古屋城、熊本城をいいます。
これ以外に、大阪城、松本城が入ったり、入らなかったりします。
姫路城 その3
2009年03月24日
姫路城 ~世界文化遺産~ ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-59-~ ~三名城~
この城を攻めようと思ったら大変だ
門や階段がいくつもあるし、その道が狭いため、
天守へたどり着くにも一苦労

なんとか、大天守の最上階に到着!そこには神社があった

大天守からの、外の景色。とても見晴らしがいい。
昔の殿様も、ここから同じような感じで、城下町を眺めていたのかもしれない。

姫路城 その2
2009年03月23日
姫路城 ~世界文化遺産~ ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-59-~ ~三名城~
別名:白鷺城(はくろじょう、しらさぎじょう、とも呼ぶ)

現在の城になったのは、1601年池田輝政(徳川家康の娘婿)の代
西国の要として築城

現存する日本の城の中では、最高峰の城といえる

姫路城 その1
2009年03月22日
姫路城 ~世界文化遺産~ ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-59-~ ~三名城~
姫路城は1993年12月、世界文化遺産に登録されました。
「国宝 姫路城」の文字を前面に、バックには、姫路城の天守閣

真ん中の大きな部分が大天守、左側の部分が小天守

姫路城は、JR姫路駅からもその天守閣が見えます
姫路城の敷地はとても広いです

なお、日本の城の中で、「城」の名称が単独で世界遺産に登録されているのは、
この姫路城だけです。
ちなみに、城単独ではありませんが、各種の遺産と連動して
世界遺産に該当しているものものには、
「古都京都の文化財」として二条城、
「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として首里城他もあります。
国宝四城とは、姫路城、松本城、彦根城、犬山城です。
現存12天守とは、国宝四城に、高知城、丸岡城、松江城、宇和島城、備中松山城、松山城、弘前城、丸亀城の8つを加えた昔の状態をほぼ維持したまま残している貴重な天守の城をいいます。
三名城とは、世間一般的に、有名な3つの名城のことをいうため、諸説あります。
一般的には、姫路城、名古屋城、熊本城をいいます。
これ以外に、大阪城、松本城が入ったり、入らなかったりします。