久保田城 その2
2009年07月24日
久保田城 ~日本100名城 -009- ~
久保田城の本丸 表門です。

城内の敷地です。きれいに整備されています。
朝早い時間に撮ったので、朝日が差し込んでいます。

城内にあった、「佐竹 義堯」(さたけ よしたか)の像です。
この方は、久保田藩12代藩主であり、久保田藩の最後の藩主です。

久保田城 その1
2009年07月22日
久保田城 ~日本100名城 -009- ~
秋田県秋田市にあった城郭。
現在は、千秋公園となっている。
関ヶ原の合戦後、移封により、佐竹氏が
久保田藩として、この地を治めていた。
城内にある池を撮影。

久保田城、御隅櫓を撮影。

同じく、久保田城、御隅櫓を撮影。
木々に阻まれて、ちょっと見えづらくなってしまいました。

ちなみに久保田城には天守閣は存在しなかったようです。
掛川城 その2
2009年06月26日
掛川城 その2 ~日本100名城-42-~
冠木門の前に到着。けっこう急な階段でした。
天守は目の前です。
天守からの眺め。山の上にあるため、周りがよく見えます。
天守からの眺め、その2。
目の前に見えている屋敷が、掛川城二の丸御殿です。
国の重要文化財に指定されています。
この御殿は、公的な式典の場所であり、藩主が住んでいた場所でもあり、
藩の政務をつかさどる場所でもあります。
掛川城 その1
2009年06月24日
掛川城 ~日本100名城-42-~
静岡県掛川市にある城。
東海道の重要な拠点とされていた。
掛川の地は、今川家の重臣、朝比奈 泰煕(あさひな やすひろ)が治めていた。
その後、徳川家がその地を統治し、家臣の石川 家成・康通が治めた。
その後、豊臣政権化では、山内 一豊がその地を治めた際に、近代的な城下町として整備され、現在の城の天守閣がつくられたと言われている。
山内 一豊が高知に移封になってからは、徳川家の譜代の大名が治めていくことになった。
なお、この時代の天守は江戸時代に地震で倒壊し、1994年(H6年)に、高知城を参考に、木造での復元がなされた。
橋を渡るころには、天守の姿が見えてきました。手前に見えるのが太鼓櫓(たいこやぐら)で、
奥に見えるのが天守です。
小高い山の上に天守がそびえています。
このように平らな土地にある山の上に城をつくった場合、
「平山城」と呼ばれています。
天守へ登る階段です。
金沢城 その2
2009年06月16日
金沢城 その2 ~日本100名城-35-~
城内は非常に広いです。
鶴の丸休憩所から、橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓を撮影。
左手に見えている木造のものが、鶴の丸休憩所です。
奥にある白い建物群のうち、
手前に見えている白い建物部分が橋爪門続櫓であり、奥に見えている白い建物部分が菱櫓と呼ばれています。
この櫓と櫓を結んでいる部分が、五十間長屋と呼ばれています。
間(けん)とは、昔の長さを表す単位で、1間が約1.82メートルです。
そのため、五十間は、50×1.82=91メートルの長さということです。
現在の表現に直すと、「91メートル長屋」といった感じですね。
菱櫓を撮影。
少し離れた場所から、
橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓を中心に撮影。
金沢城 その1
2009年06月15日
金沢城 その1 ~日本100名城-35-~
石川県金沢市にある金沢城。
戦国時代では、加賀一向一揆によって、本願寺の拠点である「尾山御坊」となっていた場所。
その後、織田信長の家臣、佐久間盛政によって、尾山御坊が落とされると、「金沢城」と名称を変えました。
豊臣政権化では、前田氏がその地を治めました。
徳川政権化においても、加賀藩として、前田氏の統治が続きました。
なお、金沢城の隣には、三名園で有名な「兼六園」があります。
うっそうと茂る緑の中、石垣が静かにたたずんでいます。
右に見えている道を渡ると、石川門という城の入口になります。
石川門は重要文化財に指定されています。
目の前に見えるのが、石川門脇櫓です。
石川門脇櫓のアップです。鉛を使った瓦のため、屋根が白っぽく見えます。
高知城 その3
2009年06月10日
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
天守へと通じる屋敷の中です。昔の長屋のようなものでしょうか?

天守の目の前まで到着しました。

天守からの景色です。高知の街並が見えます。

高知城 その2
2009年06月09日
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
高知城の石垣には、「石樋(いしどい)」と呼ばれる板が、石垣から飛び出しています。
この板は、雨が降った際に、石垣に直接雨が当たらないようにするために設けられたものだそうです。雨の多い地域ならではの工夫だそうです。

天守を撮影。江戸時代に造られた現存天守とは思えない、非常に立派な天守です。

天守までもう少しの場所です。目の前の屋敷をくぐった先が、天守の入口です。

高知城 その1
2009年06月08日
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
高知県高知市にある城郭。
(旧国名:土佐)
築城主は、山内一豊。
山内一豊は、NHKの2006年の大河ドラマ「功名が辻」の主人公でもありました。
水掘、城壁の奥に、天守が姿を表しています。

高知城の追手門(おうてもん)です。追手門とは、城の「正門」を意味し、大手門(おおてもん)と記載されることもあります。
城とは、戦国時代における軍事施設ですから、その正門は防御壁としての役目もありました。
高知城の追手門も非常に堅固な門ですね。

高知城内には、板垣退助の銅像がありました。高知出身の武士であり、明治以後は政治家として活躍した人物です。

弘前城 その3
2009年06月04日
弘前城 ~現存12天守~ ~日本100名城-004-~
弘前城内の敷地はとても広いです。

東門を撮影。

弘前城から少し離れた箇所に、津軽為信公の銅像を発見。

弘前城 その2
2009年06月03日
弘前城 ~現存12天守~ ~日本100名城-004-~
小ぶりながらも、しっかりとした天守です。
この天守は現存天守と呼ばれています。
1810年に建てられた天守だそうです。
来年で、築200年といったところでしょうか。とんでもない年数ですね。

天守を違う方向から撮影。

天守の入口方向から撮影。
入り口側から見ると、それほど冴えない印象を受ける。
やはり城は、石垣や堀との一体感が美しく見えるためであろうか。

弘前城 その1
2009年06月03日
弘前城 ~現存12天守~ ~日本100名城-004-~
青森県弘前市にある城郭。
東北地方で唯一現存している天守。
敷地内は、現在、弘前公園となっており、桜の名所としても有名。
ゴールデンウィークの時期に桜の見ごろを迎えるため、その時期はとても賑わうとのことです。
(ただし、私が行った時期は真夏の8月のため、桜の写真はありません。残念)
三の丸追手門

三の丸追手門の前には、弘前城の碑石がありました。

木の後ろに隠れているのが・・・

現存12天守とは、国宝四城(姫路城、松本城、犬山城、彦根城)に、高知城、丸岡城、松江城、宇和島城、備中松山城、松山城、弘前城、丸亀城の8つを加えた昔の状態をほぼ維持したまま残している貴重な天守の城をいいます。
五稜郭 その3
2009年06月02日
五稜郭 ~日本100名城-002-~
五稜郭タワーの最上階です。
ここには、函館戦争で活躍した、土方歳三の像がありました。
(逆光により非常に見づらくてすみません。)

そういえば、
五稜郭タワーの入口では、土方歳三についての説明文がありました。

五稜郭タワーから、五稜郭の景色です。
確かに星形ですね。
なかなか、いい景色です。

五稜郭 その2
2009年06月01日
五稜郭 ~日本100名城-002-~
五稜郭の敷地内です。

五稜郭の敷地内では、函館奉行所の復元工事をしているようでした。(2008/8時点)

五稜郭の横にドーンとそびえる「五稜郭タワー」です。
五稜郭の全体を見下ろすための建てられたタワーで、この上から眺める景色は絶景でしょうね。

五稜郭 その1
2009年05月31日
五稜郭 ~日本100名城-002-~
北海道函館市にある城郭。
江戸時代末期に造られた西洋式の城郭。
形が、5つの角がある星形になっていることが非常に特徴的です。
これは、死角を少なくすることを目的として、このような形に
なっているとのことです。

現在は、五稜郭公園として、きれいに整備がされています。

普通に歩いている限りでは、この場所が、星形になっているという感覚はありませんでした。

甲府城
2009年05月08日
甲府城 ~日本100名城-25-~
山梨県甲府市にある城。別名:舞鶴城
JRの甲府駅から近い。
天守閣に相当する場所に碑石?が立っていた。

伊賀上野城 その2
2009年04月15日
伊賀上野城 その2 ~日本100名城-47-~
伊賀上野城の敷地内に、発掘中の箇所を発見。

俳聖殿(はいせいでん)
松尾芭蕉生誕300年を記念する建物。伊賀上野城内の敷地にあります。

写真はありませんが、伊賀上野には、このほかにも、伊賀流忍者博物館がありました。
忍者屋敷の中で、忍者の格好をしたインストラクターが、床の下に隠した刀を取り出したし、
壁がくるっとまわって、裏側に隠れたりと、なかなかおもしろいアトラクションがありました。
伊賀上野城 その1
2009年04月12日
伊賀上野城 ~日本100名城-47-~
別名:白鳳城
三重県伊賀市にある。電車で行きましたが、非常に大変でした。
やっと到着し、天守閣までたどり着いたときは、感動もひとしおです。

現在の天守は、昭和10年に川崎克氏が私財により築いた模擬天守である。
私財で天守を建てるあたり、すごいことである。

天守からの眺め。城の周りも山や木々などであり、のんびりとした田舎の風景といった感じである。
とても穏やかな雰囲気である。

広島城 その2
2009年04月01日
広島城 その2 ~日本100名城-73-~
広島城天守閣よりの景色。
広島市民球場が見えます。
(城の池掘の前にある、茶色の広場のような場所をさらに直線で奥側)

広島城天守閣。
水をたたえた堀と、石垣、木々、天守閣。いい景色です。

天守閣は、遠目に見ても、近くで見てもサマになります。

広島城 その1
2009年03月31日
広島城 ~日本100名城-73-~
広島城 別名:鯉城、在間城
広島にある、中国地方を代表する城の一つ。
築城者は、毛利輝元。三本の矢で有名な、毛利元就の孫である。
写真は、二の丸表御門と呼ばれる、入口である門と橋。

二の丸表御門、正面より。

広島城、天守閣。
いかにも木造でつくられた、どこか荒々しい雰囲気さえあるお城である。
お城というと、白い壁といったイメージでしたが、それを覆すお城だった。
(実際は、木造ではなく、鉄筋コンクリート造りのようですが・・・)

別名である鯉城とも呼ばれており、広島東洋カープの鯉(英語でカープ)の命名の由来でもあるとのこと。
福山城
2009年03月30日
福山城 ~日本100名城-71-~
広島県福山市、山陽本線福山駅にあります。
城の文字を刻んだ碑がありました。

筋鉄御門と呼ばれる立派な門があります。(重要文化財)

天守閣を撮影。
天守閣の最上段に赤い囲いがあり、一見すると、会津若松城に似ています。

大阪城
2009年03月28日
大阪城(大坂城) ~日本100名城-54-~ ~三名城~
大阪城 別名 金城 錦城
戦国時代、石山本願寺のあった場所に、豊臣秀吉が天下統一の拠点として築城した名城。
難攻不落の城であったが、大阪冬の陣、夏の陣において、徳川家康により落城。
その後、徳川時代に再度築城される。
現在の城は、徳川時代の城を、昭和になってから復興したもの。

非常に立派な外観である。

天守閣からの眺め。目の前に見えている丸い建築物が大阪城ホールです。
天守閣の最上階まで登るのに、なんと城の中には、エレベーターがあった。城の中にそんなものが・・・

三名城とは、世間一般的に、有名な3つの名城のことをいうため、諸説あります。
一般的には、姫路城、名古屋城、熊本城をいいます。
これ以外に、大阪城、松本城が入ったり、入らなかったりします。
松本城 その2
2009年03月26日
松本城 別名 深志城 烏(からす)城
その黒の色合いと、池と城のバランスがとても美しい。

天守閣からの景色。金網が張られているため、ちょっと見にくい。

最初の写真とは、ほぼ反対側から、天守閣を撮影。
どこから撮っても、サマになっているのすばらしい。

松本城 その1
2009年03月24日
松本城 ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-29-~ ~三名城~
本丸へ入るための正門

国宝の文字が書かれた碑石

いざ、天守閣へ

国宝四城とは、姫路城、松本城、彦根城、犬山城です。
現存12天守とは、国宝四城に、高知城、丸岡城、松江城、宇和島城、備中松山城、松山城、弘前城、丸亀城の8つを加えた昔の状態をほぼ維持したまま残している貴重な天守の城をいいます。
三名城とは、世間一般的に、有名な3つの名城のことをいうため、諸説あります。
一般的には、姫路城、名古屋城、熊本城をいいます。
これ以外に、大阪城、松本城が入ったり、入らなかったりします。
姫路城 その3
2009年03月24日
姫路城 ~世界文化遺産~ ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-59-~ ~三名城~
この城を攻めようと思ったら大変だ
門や階段がいくつもあるし、その道が狭いため、
天守へたどり着くにも一苦労

なんとか、大天守の最上階に到着!そこには神社があった

大天守からの、外の景色。とても見晴らしがいい。
昔の殿様も、ここから同じような感じで、城下町を眺めていたのかもしれない。

姫路城 その2
2009年03月23日
姫路城 ~世界文化遺産~ ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-59-~ ~三名城~
別名:白鷺城(はくろじょう、しらさぎじょう、とも呼ぶ)

現在の城になったのは、1601年池田輝政(徳川家康の娘婿)の代
西国の要として築城

現存する日本の城の中では、最高峰の城といえる

姫路城 その1
2009年03月22日
姫路城 ~世界文化遺産~ ~国宝四城~ ~現存12天守~ ~日本100名城-59-~ ~三名城~
姫路城は1993年12月、世界文化遺産に登録されました。
「国宝 姫路城」の文字を前面に、バックには、姫路城の天守閣

真ん中の大きな部分が大天守、左側の部分が小天守

姫路城は、JR姫路駅からもその天守閣が見えます
姫路城の敷地はとても広いです

なお、日本の城の中で、「城」の名称が単独で世界遺産に登録されているのは、
この姫路城だけです。
ちなみに、城単独ではありませんが、各種の遺産と連動して
世界遺産に該当しているものものには、
「古都京都の文化財」として二条城、
「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として首里城他もあります。
国宝四城とは、姫路城、松本城、彦根城、犬山城です。
現存12天守とは、国宝四城に、高知城、丸岡城、松江城、宇和島城、備中松山城、松山城、弘前城、丸亀城の8つを加えた昔の状態をほぼ維持したまま残している貴重な天守の城をいいます。
三名城とは、世間一般的に、有名な3つの名城のことをいうため、諸説あります。
一般的には、姫路城、名古屋城、熊本城をいいます。
これ以外に、大阪城、松本城が入ったり、入らなかったりします。
日本100名城とは
2009年03月01日
日本100名城とは
財団法人日本城郭協会が、
各都道府県から1城以上5城以内として、選定しているのが特徴。
つまり、100名城を制覇することは、47都道府県すべてに行くことと同義になる。
選定されたのは、
世界遺産である姫路城(059番)(兵庫県)、
国宝四城である、
彦根城(050番)(滋賀県)・
松本城(029番)(長野県)・
犬山城(043番)(愛知県)・
(姫路城)はもちろん、
現存12天守である、上記四城に加え、下記の八城も入る。
弘前城(004番)(青森県)・
丸岡城(036番)(福井県)・
松江城(064番)(島根県)・
備中松山城(068番)(岡山県)・
丸亀城(078番)(香川県)・
松山城(081番)(愛媛県)・
宇和島城(083番)(愛媛県)・
高知城(084番)(高知県)
それ以外にも、
城郭の始まりとされる
環濠集落吉野ヶ里(088番)(佐賀県)、
古代の鬼ノ城(069番)(岡山県)
中世の足利氏館(015番)(栃木県)、
同じく一乗谷城(037番)(福井県)、
はたまた、琉球王国の首里城(100番)(沖縄県)も選定されている。
それ以外にも、
信長の安土城(051番)(滋賀県)
西洋式の五稜郭(002番)(北海道)なども選定されており、その城郭の範囲は広い。
100名城においては、
スタンプラリーもあるため、コレクターにもたまらない内容となっている。
まあ、全部集めたとしても自己満足で終わってしまうのが残念ですが、
すべて揃えた人は少なくとも、私は権威をこめて「城博士」と呼びたい。